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「日本ホッケー界が、新しい方向に進むように」~廃部を二度経験した男、日本製紙クレインズ・上野拓紀

 

Text:沢田 聡子/Photo:関谷 智紀

 

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プレーオフファーストラウンド第3戦を制した後、ヒーローインタビューに応える上野拓紀選手

■ホッケーで表現したい

 アイスホッケー日本代表で主力FWとして闘ってきた上野拓紀の武器は、俊足とゴールに向かう貪欲さだ。

 25歳で入団、4シーズンを過ごした日光アイスバックスで、上野は“霧降ロケット”と呼ばれるようになる。日本唯一のクラブチームとして過渡期にあったバックスで、常にゴールを狙う伸び盛りの上野にぴったりのニックネームだった。

  そして2019年1月、32歳の上野は、紙の需要減による収益悪化のため、今季限りで廃部となる名門・日本製紙クレインズの主将として日光霧降アイスアリーナに戻ってきた。霧降がホームだった頃は常にリンクを全速力で駆けていた上野は、移籍したクレインズで4シーズン目となる今、勝負どころで一気にギアを上げる凄みを身につけたベテランになっていた。

 

 1月24、26、27日の日光三連戦は、クレインズにとり現状のチームでは最後の、アジアリーグアイスホッケー・レギュラーリーグでのゲームとなる。クレインズは、24日は4-0、26日は6-2でバックスに快勝し、プレーオフ進出を決めた。上野自身も、24日は先制ゴール、26日は数的不利の場面でのゴールを決め絶好調だった。

 

 しかし、既にプレーオフ進出がなくなっているバックスにとっても、27日はシーズン最後の試合である。立ち見も出て満員のスタンドから送られる声援に応えるようにバックスはいい立ち上がりを見せ、第1ピリオド4分20秒、先制点を挙げた。しかしクレインズも第1ピリオド13分47秒に同点、さらに第2ピリオド5分12秒に勝ち越しのゴールを決める。2-1、クレインズの1点リードで迎えた第3ピリオド19分36秒、バックスは同点に追いつく。試合終了まで24秒という土壇場で決まった同点弾は、熱狂的なバックスファンが集まる霧降だからこそ起こった“ミラクル”にも見えた。

 

 だが、延長2分24秒、もつれた試合に決着をつけたのは上野だった。試合後の会見で、上野は自身の決勝ゴールを振り返っている。

「攻め込まれた場面で、相手が深く入っていた。(パスを)カットしてから、中島と梁取という足の速い選手がそろっていたので、一気にカウンターで数的有利を作った。梁取からいいパスがきたので、僕は狙って打つだけでした。梁取も横にいたんですけど、“まあ自分で打とうかな”と思って打ちました」

落ち着きと自信にあふれた、主将の決勝ゴールだった。

 

ゲーム終了後、上野はリンク上でバックスファンに向けて挨拶をしている。

「今日の試合を観て頂ければ分かるように、本当にアイスホッケーが素晴らしいスポーツだというのは、みなさん感じて頂いたと思います。釧路にもチームを残して、この後また、来シーズン、この霧降に来られたらいいなと思っています。いいライバルとして、また会いましょう」

 

■まだまだ、記憶に残るプレーを僕たちは見せなければいけない

 18年12月にクレインズの今季限りの廃部が発表されて以来、主将として多くのメディアに対応してきたはずだが、会見場に姿を見せた上野は、報道陣の多さに「すげえな、緊張するな」と口にしながら腰を下ろした。

「廃部報道直後は下を向くことが多かったんですけど、いろんな方が(プロチームとしての存続のための)署名活動をして下さった。アイスバックスさんのファンもエールを送って下さり、最後もすごく温かい言葉を頂いて、前を向くことができました。やっぱりまだまだ僕達はホッケーを表現しなくちゃいけない、という気持ちになりました」

 

決勝点について、上野は「ここに所属していたということもありますし、自分でゴールして終われたのも何か、縁を感じました」と感慨深げだった。ただレギュラーリーグの順位によりプレーオフでの対戦相手も変わってくるため、クレインズが本当に欲しかったのは60分(第3ピリオドまで)勝ちで得られる勝ち点“3”だった。ゴールが入った瞬間も上野は「正直なところ、まだ“60分間で勝ちたかったな”という気持ちを引きずっていた」という。

 

「でもプレーオフに向かうにあたって、最後勝って終わることが重要だと思うので、そのことに対してはよかったなと思います」

この日光シリーズで3試合連続ゴールを決めていることから、プレーオフを含めての4試合連続ゴールを期待するが、という問いかけにも上野は冷静だった。

 

「まあ自分のゴールができればいいんですけど、そうじゃない時でも、チームのために犠牲にならないといけない、それがプレーオフだと思う。自分が犠牲になってでも、チームが勝つ方を僕は優先したい」

“もつれた試合の決勝点がなによりも好き”(『アイスタイム』《伊藤武彦著、講談社》より引用)だったというバックス時代の上野であれば、口にはしなかったコメントかもしれない。今の上野は、最後のシーズンを少しでも長く闘おうとするチームのキャプテンだった。

 

日本製紙クレインズとしての最後のシーズンでもありますので、やっぱりみなさんの記憶に “日本製紙クレインズはいいチームだった”と残るプレーを、ファイナルまで見せたい。一戦一戦勝たないと、次の試合もないですし、少しでも多くこのメンバーでプレーできるよう、最後は優勝カップ掲げて終われればと思います。

“まだクレインズは釧路にとって必要だな”と思ってもらえるようなプレーを、選手もしなくてはいけない。何かを感じてもらうには、僕達にはホッケーしかないので、ホッケーで表現したい。優勝を目指すことはもちろんですけど、やっぱり、記憶に残したい。

一人ひとりの記憶に日本製紙クレインズというチームを焼きつけて、終わりたい。2、3年経って忘れられる存在ではなくなるためには、熱い試合をしなくてはいけない。

個人的には、チーム優勝のために体張って、なにがなんでも上に進めたい。本当に僕達は皆様の支えがないとホッケーができないので、なんとか僕達にホッケーを続けさせてほしいなと思います」

 

■プロチームという未来

満員の日光霧降アイスアリーナでの試合を、プロチームを目指すクレインズの主将として闘った上野は、会見で次のように語っている。

「“この雰囲気が、プロだな”と感じました。日本製紙アイスアリーナとはひと味違った雰囲気を選手も感じたと思いますし、今日釧路から来て頂いた方も、雰囲気が違うなと思ったと思います。プロチームの雰囲気を味わえたことが、大きな収穫かなと」

また、ジュニア世代に対する思いも吐露した。

 

「僕は長野出身ですけど、小さい頃長野オリンピックの日本代表選手を観て“アイスホッケー選手になりたい”と思いました。何か目標がないと、アイスホッケーをしている子ども達の夢も希望もなくなってしまう。プロチームが数多くできれば、ジュニアの選手達も目を輝かせてアイスホッケーができるんじゃないかなと思いますし、そういう環境を残してもらえたら嬉しい」

 

クレインズの会見中、リンクではバックスの選手とファンがふれあう氷上交流会が行われていた。会見場から出た上野は、バックスのスタッフにイベントの進行について尋ねている。

「僕も4シーズンアイスバックスでプレーさせてもらってプロチームのあり方も分かっていますし、日本で唯一のプロチームのアイスバックスのノウハウを、広めて頂きたいなと思います」

 

上野は10年前、早稲田大学時代に内定していたSEIBUが廃部となったため、韓国のチーム・High1に進路変更を余儀なくされた経験をしている。今回再び日本製紙クレインズの廃部の発表を聞いた時の心境を尋ねると、上野は

「そうですね、まさかホッケー人生において、二回経験するとは思わなかったです」

と言った後、

「でも」

と言葉をつないだ。

 

「やっぱりこういう経験をしたことで、何か変えられるチャンスもあると思うんです。この日本ホッケー界が新しい方向に進むように、できることがあればやりたい」

 

―これから、現状の日本製紙クレインズとしては最後のプレーオフに臨みます。もちろん優勝が一番大事ですが、個人的なプレーとして大切にしたいことは?

「初めて見に来たお客さんでも“アイスホッケーは楽しい、また観たい”と思ってもらえる、わくわくさせるようなプレーをしなくてはいけないと思います。それが一番ですね」

 少しでも長く今のチームでプレーするために、またアイスホッケーの魅力を表現するために。日本製紙クレインズのキャプテン・上野拓紀は、最後のプレーオフに臨む。

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編者より:

この記事の対アイスバックス戦の後、

日本製紙クレインズプレーオフファーストラウンドで、王子イーグルスとの死闘を

2勝1敗で制し、セミファイナルラウンドに進出した。

特に、第3戦は今季最多の2788名の観客の前で、これぞプレーオフという、

延長決着の記録にも記憶にも残る試合となった。

一人ひとりの記憶に日本製紙クレインズというチームを焼きつけて、終わりたい。」

という上野の思いがファン1人1人に届けば、何かが起こるかも知れない。

負けたら終わり、というプレッシャーのなか、どんな戦いを見せてくれるのか、注目したい。