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【日本代表応援特設】厳しい1年を超えて、日本アイスホッケーの未来へ~三浦優希選手インタビュー

【日本代表応援特設】厳しい1年を超えて、日本代表の未来へ~三浦優希選手インタビュー

<Text & Photo by Tomoki Sekiya / アイスホッケー&アイスクロス情報新サイト準備室代表>

平野裕志朗選手が「剛」のイメージなら、三浦優希選手は「柔」と言えるかもしれない。リンクの上での判断力が高く、いつの間にかゴールを奪える確率の高い位置へするすると入り込んだり、スティックの先にも目が付いているのか? と思うような意表を突くキラーパスを味方に供給したりもする。

そんな三浦優希選手は、2016年ラトビアでの五輪最終予選でフル代表に抜擢されてからずっと、代表の主力としてプレーしつつ、日本アイスホッケーの今後についても、リンク内外で自分が何をすべきかをしっかりと自分の頭で考えて行動で示してきた選手だ。

彼と初めて会った時から、全体を俯瞰したクレバーな発言とプレーには驚かされ続けている。

今回は次世代の日本代表を支える存在に間違いなくなるであろう、三浦優希選手の言葉を紹介したい。

 

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日本代表合宿に招集された初日の練習。

誰よりも楽しそうにプレーする三浦優希選手(以下敬称略)がそこにいた。

バイザーの下からのぞく笑顔はこぼれんばかりで、アイスホッケーをプレーする喜びが全身から満ちあふれていた。

記者がその事を指摘すると、「そうなんですよね、よく言われます」とこれまた屈託のない笑顔で頷いてから三浦優希はこう言葉を繋いだ。

「日本代表は本当に特別な場所。心から、ここに来るのが楽しみでした」

 

 

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三浦優希選手

三浦優希はNCAAディビジョン1に属する大学であるレイクスペリア州立大の2年生。

彼は、早稲田実業高校在籍時に同校の短期留学制度を利用してチェコの名門クラブであるクラドノに武者修行。そこで同クラブのスタッフから「ぜひウチに」と請われ、早実を2年で中退してクラドノのジュニアチームに単身乗り込んだという経緯を持つ、日本から世界へ挑む先駆者の1人でもある。

 

クラドノジュニア時代にはチェコ・ジュニアリーグの得点王にも輝くなど、その得点能力とゲームを読む力は当時から高く評価されていた。

その後三浦は、アメリカのジュニアリーグであるUSHLウオータールー・ブラックホークスでの1年を経て、現在はアメリNCAAで戦っているというわけだ。

NCAAは北米でプロになる登竜門として本流と言われるくらいレベルが高い。NHLからスカウトされるような選手がゴロゴロしているし、世界中から腕に覚えのある選手がどんどん入ってきている。そんなリーグで戦う日本人がいることは一昔前なら考えられなかったが、今回の日本代表には三浦優希と同学年で佐藤航平(ニューハンプシャー大)もおり、まさに今後の日本を支えられる存在として2人共に岩本監督が招集した。

 

しかし、三浦優希は今季、大学で非常に苦しんでいた。

「クラドノでは得点王という結果も出せたし、やれるという自信はありました。でも、その頃(今季前半)の僕はコーチから見て、チームを任せるに足る実力は伴っていなかったと自分でも思います」

早実は中退となったため、その後通信制の高校で勉強し卒業単位を取得した。ところがNCAA基準にそれが上手く合致しないという学業規定に抵触したため、1年生時は試合に出られずトレーニングにだけ帯同する日々が続く。さらに、いざNCAAに出場が認められた直後に骨折してしまい、その後数ヶ月間をリハビリに費やすることになった。

そして、今季はコーチの求めるプレーに応えることができず、メンバーから漏れることも多くなる。

自分に何が足りないのか、を考えさせられることが多くなった。

 

「ヨーロッパ流のパスホッケーだけで無く、北米流の身体でぶつかってパックを奪い合うホッケーを身につけることで自分はもっと成長できるという思いもあって、北米で戦うことを選びました。

でも、いざアメリカに来てみると、僕には課題があると言うことにすら気づいていなかった。例えば、1対1での強さだったり、ゴールを貪欲に狙ってシュートしていくことの大切さだったり、そう言った部分が足りないと気づかされたのはNCAAでプレーしたおかげです」

 

ベンチ入りメンバーを外されたとき、大学のコーチから指摘されたのがYukiにはTenacity(テナシティー)が足りない」という言葉だった。

 

「Tenacityはアメリカに来る以前は聞いたことがない単語でした。でも、こっちではミーティングなどでよく話されるし、コーチにそれを言われて改めて辞書で調べてみたんです。すると日本語では『粘り強さ』『しつこさ』『執着』で表せるような言葉の意味でした。スキルと言うよりは心の強さを表すような言葉です。ああ、自分が今足りないのはこれなんだなと思い知らされました」

そこからの葛藤は本人が記しているnote(https://note.mu/yukimiura36)の記述でも克明に表現されている。

試合に出られない辛い気持ち、その悔しさを心に秘めながらコーチの要求したプレーをやりきっていく過程。そして徐々に信頼を得て試合のメンバーに選ばれ、そこで得たものをまた自分でフィードバックしていく……、その過程が三浦優希自身の言葉で記録されていく過程は本当に価値のある内容だ。そしてシーズンの最後に待っていた、NCAAでの初ゴール。

これだけ苦しんだからこそ今の三浦優希があるのかもしれない。

 

「2年生では、苦しみました。まさかという感じでしたね。

体調は万全で1シーズンフルで出られる状態で、2ゴール。ショックというか、現実を突きつけられた年でした。

でもそこに至る過程では学ぶことがとても多かったです。フル代表に初めて招集された時(2016年ラトビアでの五輪最終予選)の自分から確実に変わったと言えるのは、アイスホッケーに対する理解が格段に深まったということです。

NCAAはポイントするのがとても難しいリーグ、というのが一番当てはまる表現だと思うのですが、この高いレベルの壁を越えられる選手が、NHLといったもっと上でやれる選手だと思うんです。

僕も自分の弱点をコーチに突きつけられた所から自分を見つめ直して20試合連続で出場もでき、最後はしっかりチームに貢献できた。

その過程、道のりは大きな経験になった、と思っています」。

 

そんな経験を乗り超えてきた三浦だからこそ、今回の代表招集は本当に嬉しかったし、日本を背負ってアイスホッケーを出来るという喜びに満ちあふれるものとなった。

「平野選手やNCAAで戦っている佐藤航平選手など、海外で活躍している選手と一緒にプレーできることへの期待、楽しさは本当にこの競技をやっていて良かったと思いました。優勝という同じゴールに向かって、代表の仲間と意識を同じくして辛いことも乗り越えていくそのプロセスはどんなことにも置き換えることが出来ない素晴らしいことだと思っています。

国際大会では、全部が全部うまく行かないこともある、そんななかで力を合わせて乗り越えていく、そんなプロセス自体が特別な時間だし、チーム全員が同じ船に乗って大波に向かっていく、その時間が特別だと感じています」

 

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合宿中の1コマ。平野裕志朗(右)と三浦はこれからの日本代表の核となるはずだ

合宿で初めて会う先輩選手がおり、子どもの頃から切磋琢磨し合った選手もいる、そんななかで「日本」として一つの目標に向かってプレーすることそれ自体が特別なこと。そしてその中で起きる各選手との「化学反応」が起き、思ってもみなかったプレーを自分ができるようになることへの期待、

それら全てをひっくるめて三浦優希は『楽しい』という一言にまとめているのだ。

 

「佐藤航平選手と一緒に、日本人で初めてNCAAに挑戦する選手として僕らは見られています。NCAAはアマチュアですが、意識として僕らは『多くの方に見ていただいている選手』だと思っていますし、リンクの内外にかかわらずプロとしての自覚を持って戦っていかなければならないと思っています」。

 

全身全霊で、代表メンバーと日本を背中に背負って戦う。
単にプレーして楽しい、ゴールできて楽しい、という単純なものではないもっともっと深い『楽しさ』。

ホッケー人生を賭けるに値するその素晴らしさを多くの人に知ってもらいたいからこそ、自分の思いをnoteで発信もするし、苦しんだり葛藤している過程もつつみ隠さずファンに見てもらう。

そういう情報発信をしていくことで、アイスホッケーに目を向けてくれる人を少しでも増やしたい。インタビュー中も、そういう想いが彼の言葉の端々からあふれ出てくるのを感じた。

 

 

この秋から3年生になる三浦優希。
「4年生で活躍して、というのでは遅い。
次の1年が自分の目標である『北米でプロになる』ことに向けて、とても大事というのはよく分かっています。シーズンが終わったときに、自分がチームにどれだけ貢献出来て、その先の道がどれだけ広がっているか。
その先に進むためにも、夏に日本でしっかりトレーニングする所から始めて行きたいと思います」

 

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今回日本代表は2勝3敗の成績に終わり、昇格はならなかった。
三浦選手もまさかの0ゴールで記録としては残念なものになったが、プレー自体は身体の大きな相手選手に対して果敢にバトルを挑み、シュートを何本も放ち、あと一歩でゴールというシーンが何度も見られた。

ルーマニア戦直後にインタビューで語った「出てしまった結果は変えられないので、ここからどう自分たちが取り組めるかが大事」という彼の言葉通り、世界選手権が終わっても三浦優希は自ら目標を定めて突き進んで行くだろう。

 

次の世界選手権で、三浦優希はいったいどんな選手となってリンクに現れるのだろうか?

そして、彼が日本代表を昇格に導いたときに、どんな言葉がnoteに記されるのか、楽しみに待ちたい。